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及川徹と岩泉一に関する一考察

漫画『ハイキュー!!』の登場人物である青葉城西高校の及川徹と岩泉一に関して考えたことや思ったことをまとめておくブログです。

及川徹は天才ではない

 影山が「絶対及川さんより上手いって言わせてみせます」と牛島に向かって言ったことで、影山は及川が進路に悩んでいたことなど及びもつかないのだろうとふと思った。
 今の影山は及川から宣戦布告をされているから、及川が高校でバレーをやめない事を感覚的にわかっているだろう。しかし、そもそも宣戦布告されなかったとしても、影山は及川がバレーを続けるか続けないかで思い悩んだ末にしないという選択をしかけた事など可能性すら考えたこともなさそうだ。
 及川の悩みはきっと天才には理解されないものなのだ。

 そんな考えを皮切りに、自分の経験に合わせて及川の悩みについて少し思いを馳せてしまったのでまとめておく。

 私には天才と呼ばれた時期がある。小学生の頃、勉強に関して同級生からそう言われていた。
もちろん「公立小学校のカリキュラムの範囲で」「同級生から」呼ばれていた天才なので、井の中の蛙であるのは間違いがないし、それは後々思い知ることになる。しかしとりあえず私は天才と呼ばれていた。
 実際、学校の勉強は苦ではなかった。宿題は嫌いだったけれどもそういう苦ではなく、別に何を勉強しなくてもテストでいい点数を取って、いい成績を貰うことができた。
 なぜ同級生たちができないのか不思議だった。

 天才と呼ばれる人たちが皆そうなのかはわからないが、天才とはそういうものなのではないかと思う。よくわからないけれどもできる。できない気持ちも理由もわからない。

 しかし先程も言った通り私は井の中の蛙だった。中学受験からの進学校での勉強で、授業を聞いてるだけでテストの点がとれるような天才ではないと身をもって思い知った。自主的な勉強をせずに望んだ試験はボロボロもいいところだった。
 天才と呼ばれていた自尊心はいたく傷ついた。どうにか挽回しなければと思った。それまで意識的に勉強をしたことがなかったために、盛大なる紆余曲折はあったが、「自分はいい成績が取れるはず!」という思い込みとプライドから、なんとか自分が点数を取れる勉強方法を見つけて、そして比較的上位で成績は安定していった。
 また同級の友人たちから頭がいいねと言われるようになった。

 しかし天才ではなかった。

 もう天才と呼ばれることはなかったし、自分でも到底天才であるとは思えなかった。

 そして私はいつも恐れていた。
 少しでも気を抜けば、この頭がいいというポジションから転がり落ちていくという感覚があった。「天才」だった頃にはそんな感覚なはかった。
 気を抜かずに勉強しても、いつ綻びが生じるのか、気が気でなかった。なんとかかんとかやっとの思いで点数の取れる道を探してきたから、いつそれができなくなってもおかしくないと思っていた。
いつでも今いるところが自分の限界なんじゃないかと思っていた。
 憑かれたように勉強して腱鞘炎になった。重度ではなかったけれど、一時ペンを握れなくなった。 

 今思い返せば、これは頭打ちへの恐怖だったのだろうと思う。試行錯誤を重ねて探ってきた道だからこそ、いつその先が探せなくなってもおかしくなく、それはつまり「勉強のできる自分」は砕け散ってなくなってしまうということで、それに対する恐怖があったのだと思う。
 限界なんてわからないと澤村は言ったが、そんなポジティブなことは考えられなかった。崖っぷちだった。

 自己投影で甚だ恐縮なのだが、及川の悩みもこれに近かったのではないだろうか。及川は過程への入れ込みがありそうだと思っている。「どうして勝てないんだ」という差し迫った叫びや、「過程なんか関係ない」と言った時の表情などを見ると、及川はなんだかんだ勝つために色々手を尽くしてきたという自負があるのだと思う。
 しかし手を尽くしたといくら主張しようとも、結果は変わらないと痛いほどにわかっているからこそ、関係ないと言った表情は冷静で、それでいて何かを堪えるような表情だったのだと思う。

 及川は常に目の前に見える限界に怯えながら戦ってきたのだろう。尽くせるだけの手を尽くしたという自負があるからこそ、もうこれ以上の手だてがない=自分の限界かもしれないと怯えざるを得ない。

 そういった意識があったために、天才の名をほしいままにする技術を持つ影山が信頼をも理解しようとした時、及川は限界などないかのように伸び代がある影山に、貪欲に伸びていこうとする影山に、いつかの敗北を見たのだろう。
 自分はもういつ打てる手がなくなってもおかしくないのに、影山はただでさえアドバンテージがあるばかりか、打てる手も無限なのではないかと思わされてしまう。

 私は頭がいいというポジションをプライドからなんとか維持しようとしていた一方で、頭がいいねと言われるのがとても嫌だった。
 その結果に至る紆余曲折の過程を誰よりも自分が知っていて、自分の頭がよくない事はわかりきっているからだ。

 及川は、才能が開花するのは明日かも明後日かもと言っていた。おそらく自分には才能がないと捉えていたのだと思うが、そう捉えてしまうのも、自分が悩み苦しんできた過程を誰より知ってるからではないかと思った。上を目指せるだけの才能はないかもしれないと思ってしまうくらいに、突き詰めて思い詰めていたのではないかと思った。

 ここまで好き勝手に自分の経験と重ねてきたが、違うと思うところももちろんある。
 私が限界に対して恐れていたのは、主に見栄からくるプライドが傷つけられることだったが、及川の場合は愛するバレーに見放される恐怖だったと思う。私の経験は所詮虚栄心であり、及川の方が事情は重いのだろう。
 また、私はその恐怖にどう向き合ったかというと、ほどほどに上っ面を補修しつつ、地頭はよくないということを周囲に理解してもらおうと求めてしまっている。周囲に「地頭はよくないけどまあ頑張ってるんじゃない?」という前提で接してほしいと思ってるところがある。ハードルをなんとか下げようとしている。自分はこんなものだから、ほどほどに、お手柔らかにと思っている。
 しかし及川は上がり続けるハードルに立ち向かう覚悟をした。自分はこんなものではないと信じることにした。

 自分の目の前に見えている限界に理解を求めるのではなく、挑戦することを決めた及川はカッコいい。常に限界と戦い続けることはしんどい、容易ではないと実感して、この先もそれがずっと続くかもしれないと、そう考えてもなおその道を選んだのだから、本当にカッコいい。

 及川徹は天才ではない。
 これは覆らないだろうし、そんな悩みを理解しなさそうな影山はやはり天才なのだと思う。
 それでもその垣根をぶち壊して挑んでいこうとする及川とそんな及川に敵わないと思ってるけど絶対いつか抜いてやると思ってる影山のセッター対決構図はきっとこれからも熱い。

怒る岩泉

 岩泉が及川に対して怒る時、それは非常に自分本意な怒りであると思う。たとえば及川を立ち直らせてやろうなどという使命感は持っていない。岩泉は及川を案じて怒っているのではないとまで言ってしまっても良いのではないかと思う。彼はどこまでも単純に、自分の腹が立つから怒っているのである。
 たとえば、岩泉は作中で2度ほど金田一に対して助言をしている。

「焦んなよ金田一 点差が開いてるワケじゃない こっちの攻撃だってちゃんと決まってる 呑まれんな」

2巻13話 岩泉一

(…青城は崖っぷちだ…この試合を3年生最後の試合にするわけにはいかない…!)
「余計な事は考えなくていい」
「!」
「どんな時だろうと重要なのは目の前の一本だけだ」

16巻138話 岩泉一・金田一勇太郎

 これは金田一が置かれた状況や相手の勢いに呑まれそうである事を汲み取り、金田一のため、あるいはチームのために彼に助言をしているものと考えられる。
 あるいは、京谷に対して怒りを露にした事がある。

(コイツ!! 明らかに金田一の球だったのにぶんどった挙げ句アウトかよ!? しかも今のセットポイントだったんだぞ!!? 一体どっからツっ込めば―)
「危ねえだろうが!!!」
(岩泉!!)
「そうそうソレソレ!! まずそれね!!」

15巻132話 及川徹・岩泉一・花巻貴大

 これについても、京谷の周囲を顧みない無茶なプレーに対して叱っているのであり、及川や花巻のリアクションを見れば、チームの総意を代弁したと言っても差し支えないだろう。その後も「無駄に危ないプレーはすんじゃねーぞ」と冷静に念を押しており、単純に怒りの感情に身を任せたというような類いの反応ではなさそうである。
 これらの金田一や京谷への対応を見ると、岩泉は相手やチームの事を考えて意識的にふるまうという事もしているのである。

 その一方で及川に対して指摘する時というのは、前述の「相手のため」や「チームのため」といった大義名分は無く、自分の腹が立つ以上の理由は無いように見える。たとえば以下のシーンだ。

「ハァイ落ち着いて。焦ってこっちが崩れてやる必要は無いよ 一本取り返せば問題ない」
「! ハイ!」
「オス!」
「おい その顔とポーズハラ立つヤメロ」

7巻58話 及川徹・金田一勇太郎・渡親治・岩泉一

 このシーンは、及川は振る舞いはともかくとしてチームを冷静にさせるという行動を取ったわけである。そしてそれは実際に功を奏している。チームにとってプラスの事をしているはずだが、岩泉はほぼ関係ない部分で文句をつけただけだ。及川の行動の客観的な善し悪しを考慮している様子はない。
 他にも女子にかまける及川にボールをぶつけて連れ戻すなど、一見大義名分の元に問題行動を取り締まっているようにも見える事もある。しかしこれも岩泉に大義などという意識があったのかと考えると疑問が残る。

 問題児の行動を窘めると言えば、伊達工業の茂庭もしばしば青根や二口を窘めているが、これは彼の注意の仕方から見て、自分の腹が立つというよりは周囲の迷惑などを考えてという側面が大きい行動と捉えて良いと思う。

「ちょい ちょいちょい! やめっ やめなさいっ すみません! すみません!」

5巻38話 茂庭要

「あれ?  なんだよ~もっと心折れろよ~」
「性格悪い事言うな二口!」

5巻42話 二口堅治・茂庭要

 茂庭は周囲の迷惑を考えるあたりで常識的かつ、非常識に振り回される苦労人である側面もあると伺える。
 対する岩泉は周囲の目などではなく自分の基準で自分の腹が立つから及川に文句をつけているように見え、あまり及川に振り回される苦労人という印象は無い。女子にかまけている及川を連れ戻す件にしても、声をかける前からのいきなりの実力行使であり、この辺りからも岩泉は及川が問題のある行動を取っているから道義的に彼を窘めているのではなく、及川の問題のある行動が岩泉にとって腹が立つ事であるから、及川に文句をつけているだけのように見える。

 ところで、冒頭で金田一に対して助言する岩泉について取り上げたが、岩泉は及川に対しても見方によっては助言とも取れる言葉を掛けている。

「及川 お前 試合中にウシワカの顔チラついてんならブットバスからな」
(確かにさっきのサーブの前ちょっと過ったけども)
「目の前の相手さえ見えてない奴がその先にいる相手を倒せるもんかよ」

8巻67話 岩泉一・及川徹

 これは丁度、その金田一への助言と、内容的にも非常に近いものだと思う。先にいる牛島の事や、ピンチであるという状況など、目の前以外の余計な事に気をとられて、いつも通りにできない及川や金田一に、目の前の一本に集中しろと言っているわけだが、しかし似ているようで両者には隔たりがあると思っている。
 それが目的意識である。
 金田一には、動きが固くなっている後輩に対して、その原因がピンチという状況や、後輩だからこその気負いにある事を理解し、「金田一のため」にその緊張をほぐしてやろうと助言をしているのだと思う。岩泉は、この台詞の後の人心地がついたような金田一の返事に満足そうな笑みを浮かべている。いかにもその反応を待っていたかのような表情であり、それで良いと言わんばかりだ。これは金田一の気負いをほぐしてやるという目的を達成しているからこその反応であり、「金田一のため」という目的意識があるように見て取れる。
 一方の及川に対しての台詞だが、指摘を受けて笑い始める及川に、岩泉はその反応を予期していなかったかのような不審そうなそぶりを見せる。もちろん、笑い始める及川も突飛ではあるが、笑い始めていつも通りになると言えば北川第一時代の前例もあるにはあるので、及川を平常運転に戻すという目的意識を持ってこの台詞を投げ掛けたとすれば、もっと別の素振りになるのではないかと思う。例えばだが、ただでさえ及川の内面をよくよく読む岩泉なので、笑い出したあたりで平常運転に戻った事に気付いて「しょうがねえ奴」とでも言わんばかりの表情を見せたりするのではないだろうか。それを、まったく及川の反応を考えていなかったかのように、笑い始める及川に不審の目を向ける。「そうだね」と及川が同意した後にも、例えば金田一に対して見せたような満足そうなカットが入る事もない。これは実際、及川がどう受け止めて、どう反応するかなど考えていなかったという事だと思う。目的意識などなかったのだ。
つまりどういう事かといえば、それこそ「その顔とポーズハラ立つヤメロ」の時のように、岩泉はただただ及川に怒っていたのではないだろうか。肝心な局面で余計な事を考えていたらしい及川に腹が立っただけではないだろうか。おそらく及川を平常運転に戻してやろうなんて「及川のため」ではなく、自分本位な苛立ちを及川にぶつけていただけなのだ。

「すぐ殴るって言うのやめなよ 岩ちゃん」
「安心しろ おめーにしか言わねーし殴んねーよ!」

7巻60話 及川徹・岩泉一

 岩泉は及川に対しては目的意識を持たない。京谷を殴ったのには道義的理由もあっただろうが、及川を殴るに際して妥当性など考慮しない。理不尽であれ道理であれ、自分の腹が立ったら文句をつけ、殴る相手が及川なのである。

 これはメタな話になってくるが、岩泉はしばしば及川に対して正解を示すような、道を示すような台詞を突きつける。ともすれば岩泉の方が一歩先を進んでいるような、そんな存在になりかねない強い力を持つ言葉だと思う。しかし岩泉が及川の先を行くような、あるいは上位にいるような存在にならず、及川と同じレベルで自分をぶつけているように見えるのは、及川に突きつけた台詞は岩泉の中では助言でもなんでもなく、目的意識を持たない怒りだからなのだと思う。

 岩泉は怒る。
 それはどんなくだらない原因であれ、重大な原因であれ、及川に対しては至極単純に自分の腹が立つから怒る。そこには道理も大義名分もない。判断基準は全て岩泉の内にあるという自分本位なものだ。しかし、その事が及川と岩泉は対等たらしめ、また岩泉の怒りの基準は自分の中にあるからこそ、世間から見れば性格が悪いがある意味真っ直ぐな、扱いづらい及川もそのままに受け入れられる。
 そういう岩泉だから、及川と対等な存在としてここまで上手くやってくる事ができたのではないだろうか。

ハイキュー!! 147話 感想

6人

「6人で強い方が強い」は天才を抱えるチームを否定するものではなく、どのチームにも等しく降りかかるものだと思う。
だから、全員で、拾った方が、繋いだ方が、落とさない方が勝つっていう、これもまた作中何度も言われている事だけど、そういう話なんだろうと思った。
大地さんが落とさなかった、田中さんが拾った、旭さんがチャンスボールにはさせなかった。
それが「6人で強い方が強い」という事であり、でも先週のあれは烏野にかかった言葉ではないし、青城だって同じことをすればいいだけだった。実際今週、渡は落とさなかった、京谷は拾った、金田一は防いだ。

もし岩ちゃんが決めきれていたら
もし京谷と金田一の間に隙がなかったら
もし及川さんが上げられたら
もし花巻が、渡がフォローできていたら

そんな個々の事象をあげつらってどこかに責任を置いても詮無い事なんだろうと思った。
しいて言えば全部が、全員が責任で、それが6人ってことなのかなと思った。

京谷と金田一の間

奇しくもではなくて狙ってるんだろうけど、青城側のローテがIH終了時と一緒だった。

スガさんが「セットアップのモーションを読まれた!?」と独白した。

私はモーションを読まれたのではないと思う。
スリードのためにわざわざ「セットアップのモーション」なんて長ったらしい言葉を使ったのかなとすら思う。
「読まれた!?」だけでもいいところだ。

つまり、及川さんが「お前の最強の武器で来い」と言ったように、岩ちゃんも金田一もわかったんだと思う。
これがIHの決勝点と同じであると。影山が日向に上げるって半ば確信していたんだと思う。だからモーションを読んだわけではないけれども、モーションを読まれたかのような速さで対応してきた。

ところで京谷は岩ちゃんとほとんど身長が同じだ。確か5mm差くらい。そして彼の身体能力の高さは散々言及されている。個人の練習だったけど練習をサボっていたわけでもない。しかし金田一は身長差があるからしょうがないとはいえ、京谷の手は岩ちゃんよりもずっと低い位置にある。狙える隙がある程度に。
京谷はIHを知らなかった。部活にも来ていないんだから会場にいた可能性すらない。その時の状況が耳に入る余地もない。
だから岩ちゃんや金田一より反応が一瞬遅れたのではないかと思う。
その一瞬を日向は見逃さなかった。

本当に詮無い事だけど、国見があそこにいたら、あるいは京谷が部活に来ていたなら、結果は違っていたかもしれないって思う。
国見は知っていたから、きっと岩ちゃんとおんなじくらい跳べた。京谷もIHの経験があれば、あるいは状況だけでも知っていたら、きっともっと速く跳べた。そしたらもっとチャンスがあったかもしれない。止められてたかもしれない。岩ちゃんの指のラインまで京谷の指のライン上げるだけで、だいぶ防げそうなイメージになる。
ほんと負けた要因を誰かに押し付けるのは詮無い事だけど、京谷が部活に来なかったっていうのも、負けた要因の一つなんだろうなと思った。

ハイキュー!! 146話 感想

いってらっしゃい

本編読んでからもう一度表紙の及川さんを見た時にいってらっしゃいって思った。

元々私はどんな一徹コンビが好きかというと、不均衡ニコイチな一徹がどうしようもなく愛しい。
及川さんと岩ちゃんのお互いの主観は間違いなく対等だ。同じレベルにいる。今週読んでなおさらそう思った。
でも客観では明らかにと言っていい程度の差があると思う。外野の認識では青城は及川とそれ以外だ。及川以外は及川に霞んでるけどレベルが高い程度の認識だ。及川以外の名前認識されてるの?って感じだ。あと前にどこかで長々書いたから省略するけど、牛島の認識が客観性高いと思うので「及川以外弱い」もある。岩ちゃんはその及川以外なのである。
この客観の評価が耳に入らないわけないと思うし、耳を塞ぐ二人でもないと思う。この客観はこの客観でどうやってか対等であるという主観と折り合いがついてるんだと思う。

客観のギャップがありながらも、対等で阿吽の呼吸である。
あるいは、岩ちゃんはあくまでモブに近い存在であって、でも及川さんという主要なキャラクターとニコイチ扱いである。
この不均衡なのにニコイチであるっていうのがどうしようもなく愛しいなと思っていた。

IHでは最後まで青城は及川徹のためのチームだった。
春高でそれが変わったと思った。というより変えてきてるな、と思った。
でも今週でやっぱり帰るところは及川徹なんだなあと思った。岩ちゃんの描写は及川さんと対等にはならなかった。岩ちゃんの第一義はやっぱり及川徹のためのだった。
ニコイチだけどやはり及川さんは単体で立つ存在なんだなと。

だからいってらっしゃいと思った。
彼はその客観の評価のまんま前に進むんだろうと思ったから。
「負けるのかもしれないね」を見た時には前に進めるかどうかすら危ぶんでいたんだから本当にその門出が嬉しい。

で、じゃあ岩ちゃんは?という話。

ドンピシャ

ドンピシャを決められないってことはどういうことか。

IH青城戦が幕を閉じた後、日向は謝る影山に「俺に上げたのが間違いだったみたいに言うな」と怒る。あれは日向が正しかったと思う。
影山はこれ以上ないと思った(はずの)相手である日向にこれ以上ないトスを上げた。ドンピシャとはそういうことだ。
なら、責任はスパイカーにある。
IH青城戦第2セットのセットポイントも岩ちゃんは謝り、及川さんは謝らなかった。

ならきっとあのドンピシャが決めきれなかった原因は岩ちゃんにある。

あるといいなあっていう願望だ。

あの球を大地さんや田中さんが拾える理由はやっぱりなかったと思う。
たとえば山口が岩ちゃんのスパイクを根性レシーブした。あれは拾える理由があった。山口は和久南戦で足が動かずレシーブを縁下さんに任せることになった。その後悔がある。だから青城戦では拾えた。
でも大地さんや田中さんに拾える理由が見つからない。
大地さんがレシーブ職人なのも、田中さんが根性あるのも知ってる。でもその地力だけであれが拾えたというのは納得できないんだ。山口の後悔のような文脈をプラスアルファとしてつけてほしいんだ。

だから大地さんが拾えたとか田中さんが拾えたとかいう話ではなくて、誤解を恐れず言えば岩ちゃんが決められなかったって話なんだと思う。だといいなと思う。

一方でドンピシャを決められなかったのはやはり重い。

IHの時に日向がドンピシャを決められなかったのには2つの理由がある。
1つは及川さんが信頼を覚え始めた影山の攻撃パターンを読んだ事。
もう1つは日向が目をつぶっていた事。

じゃあ今回は?というと、烏野側は完全に想定外の攻撃だった。
影山は反応したけど、あれ片手も飛び出してないと思う。全然間に合ってないと思う。相手にまったく邪魔されない攻撃だったと言っていいと思う。

そして別に岩ちゃんは目をつぶるなどのハンディを背負っていない。

日向はあれを受けて目を開ける選択をした。
じゃあ岩ちゃんは何すればいいの?どうすればいいの?
それが見えないのが重い。

及川以外弱いって言われた時にも思ったけど、じゃあ何がダメなのか教えてくれよ!って思う。

でもそこに答えがないのが岩ちゃんなんだろうなあ。

脇キャラであること

古舘先生は岩ちゃんを結局最後まで主要キャラにはしなかったんだなあと思う。
いっそこだわりがありそうだと思う程だ。

昔危惧していたことがある。
岩ちゃんがキャラクターとして独立した描写を見せ始めたら、それはもしかしたら人気等の外部要因で彼の存在意義を変化させてるということになるんじゃないかと。
それくらい古舘先生には岩ちゃんを通じて描きたいことはないんだろうなって思っていた。
岩ちゃんをクローズアップするなら、IHの始まりでどーんと彼をクローズアップすればよかった。2巻との齟齬は出るだろうけど、あの程度の描写からのクローズアップなら連載漫画ならままある事だと思うし、しかも設定だけで言えば本編でもクローズアップされておかしくないくらい盛られていた。及川の相棒で能力も高い。
でも岩ちゃんはやっぱりオマケだった。

春高ではだいぶ岩ちゃんもクローズアップされたと思う。
でも全然危惧していたような形ではなく自然なものだったと思う。青城全体を描くに際して、岩ちゃんも描写が増えた。その程度だった。少なくとも及川さんと並び立つような存在ではない。

岩ちゃんも人気投票10位以内のキャラだ。
ゲームの人気投票でうっかり1位とっちゃうようなキャラだ。

でも古舘先生はやっぱり岩ちゃんをクローズアップする気はないんだろうなと思う。
いっそこだわり感じる。見せ場の作り方から言えば絶対愛されてる部類だと思うからなおさら(古舘先生はどのキャラも愛してると思ってるけど)。

岩ちゃんは最後まで存在の第一義が及川徹のための、なんだろうなと思った。
私は結構それが嬉しいかな。

ハイキュー!! 144話 感想

岩ちゃんとレシーブ

IH終わった頃からずっと言い続けている事が3つある。

  • 岩ちゃんと花巻のレシーブカッコいい、色気ある、ファインプレー多い気がする、ステキ
  • 岩ちゃんは出番の割に内面描写が少ないキャラクターだから掴みづらい
  • 岩ちゃん何を思ってバレーやってんのかわからない

つまりずっと地味にトキメキ続けてきた岩ちゃんのレシーブに関するシーンで、岩ちゃんがモノローグを発し、しかもそれがバレーの醍醐味に関わる部分だったっていう、新たなる萌えではないんだけど今までの総まとめとしてこれ以上ないようなワンシーンがこの144話ぶちこまれていた。
「良かった」の部分で私も「良かった」って思って泣きそうになっていた。萌える・燃える・カッコいいとかではなくて読んだ瞬間にこれまでの岩ちゃんに想いを馳せてさめざめとしてしまった。

作品通念

とはいえ、岩ちゃんが語った感触は、また作品通念的なものなんだろうと思う。
この感触は岩ちゃんだけでなくこれまでレシーブに寄せて描かれてきたキャラたちがある程度普遍的に感じてきたことではないかと思うからだ。

  • …小っちぇえ頃はスパイクだけが楽しくてそればっかやってた

日向も影山にスパイクをお預けされてがっかりとしていた。つまりスパイクだけが打ちたいという気持ちはある程度あるあるなんじゃないかと思う。
バレーに限らずそうだと思う。漫画『SLAM DUNK』(井上雄彦作)でも主人公のバスケ初心者・桜木花道は最初からダンクがやりたいとか言ってた。形から入りたかったり、華々しい事を最初にやってみたくなるのは何かに限らず普遍的な感情だとも思う。

  • レシーブの快感を知って良かった

レシーブは作中でも地味だのなんだの言われている。しかし同時にそれがバレーの肝である、醍醐味であるとも何度も言われている。そういう描写の総括。
最初のうわべだけの楽しみから、真髄の快感に気付いて練習してきたからこそ拾えた一本。たぶん今までの描写からして大地さんもそういう事あったんじゃないかと思うし、縁下さんにもレシーブの快感を覚えたワンシーンがあった。きっとこれもバレーにはまり込んでいく中での普遍的な思いなのかもしれない。

岩ちゃんが任されたのはひとつのレシーブに関するハイキューの立ち位置のまとめだ。
正直岩ちゃんにレシーブに関する描写が任せられるほど、岩ちゃんのレシーブに注目してた人ってどれくらいいるの?とは思う。別に岩ちゃんはレシーブを代表する選手ではないからだ
ただ岩ちゃんはバレーに関して特にこれといったコンセプトがなく、青城のオールラウンダーな気質を受け継いで小器用な感じになっていたし、だからレシーブの描写でも使えたんだろうか。それとも古舘先生は意識してらっしゃったのかな。
岩ちゃんがレシーブを語る事に、特に岩ちゃんに注目していない人は違和感があったんだろうか、なかったんだろうか。

作品通念的といったのには深読みしすぎかもしれないけどもう1つ理由がある。
この144話だけれども、私はIH青城戦の第3セットで描かれた大地さんの「こいつらも同じだ」のシーンの再現のように見える。岩ちゃんと大地さんがそれぞれレシーブで魅せる場面だ。
8巻では「負けてたまるか」という思いの共通性が描かれた。
それと同じに144話でも共通している思いが描かれているように見えた。
岩ちゃんの「良かった」はきっと大地さんにも共通しているし、大地さんの走馬灯は岩ちゃんもきっと持ってるものなんじゃないかな。だから岩ちゃんだけの、というよりは、レシーブを磨いてきた者たちのモノローグにも見える。

そんなわけで岩ちゃんのこの台詞は作品通念的な側面も大きいんじゃないかと思う。
いい加減自分でも、それならどういう描写が来たら岩ちゃんは自分の事を語れるキャラになったといえるんだ?という疑問はあるんだけども。自己解釈に凝り固まって岩ちゃんの台詞として見ようとせずに、作品通念として解釈しようとしてしまっているんじゃないか?とか。
でもやっぱりまだ岩ちゃんがキャラクターとして独立したとは言い切れないと思っている。
「岩ちゃんの内面は?」「岩ちゃんは何を思ってバレーしている?」という疑問への回答はまだできなさそう。少し見えただけ。
伊達工戦からじわじわと岩ちゃんのための描写も増えて来たのかなとは思う。
もう最終局面まできたから大々的クローズアップがあるとは思わないけど、春高は及川さんだけでなく青城全体にスポットが当たった話で、岩ちゃんもその範囲でスポット当てられてんだと思う。