及川徹と岩泉一に関する一考察

漫画『ハイキュー!!』の登場人物である青葉城西高校の及川徹と岩泉一に関して考えたことや思ったことをまとめておくブログです。

阿吽考察 阿吽の集大成

 私は「ドンピシャ」のトスが実現した事に一片の唐突さもなかったと思っている。もちろん、その展開を予測していたわけではない。しかし及川が無茶なトスを上げて、当然のように岩泉が打っても、それを当たり前のように受け取る事ができた。今までの2人の連携に関する描写から、及川が一歩踏み出して無茶をする時に、岩泉がその意図を汲み取って、それに合わせられるという事は担保されてきたからである。

「あんなギリギリで…危うくタッチネットだ…今及川が後衛だからツーも出来ないし…よく上げたな…スパイカーも当然のようにそれを打つ…阿吽の呼吸て感じだな」

7巻61話 滝ノ上祐輔

 「ドンピシャ」のトスは、及川が起点で主体のものである。〝バカ〟をすると決めたのは及川であり、及川の物語のために用意されたトスでもある。その及川がこのトスを上げる相手は、青葉城西というくくりを外しても、岩泉以外のスパイカーではありえなかったと言っても良いと思う。
 その理由として、第一に、2人は長年の付き合いであるという事がある。

「…なんつーか すげー滑らかな連携だな…」
「…及川さんと岩泉さん―あの4番のレフトの人…あの二人は小学校のクラブチームから一緒らしいです 阿吽の呼吸?ってやつです」

6巻48話 菅原孝支・影山飛雄

 及川と岩泉が、息の合った連携ができる事は作中何度か触れられているところである。岩泉は及川のトスに当然のように応えてきた。周囲が見てもそうとわかるのだから、本人たちの感覚はなおさらだろう。長年の付き合いであり、お互いの意図が通じている実績があるからこそ、一瞬の指示であっても岩泉はその意図を汲み取ってくれると及川は信じられたのだろう。

 また技術的にもこの長年の付き合いという下地は意義があったと考える。あのトスについて烏養はこう評する。

「ジャストなレフト位置 コートの広さ・ネットの高さ・距離感 恐らく染み付いてきた空間認識力」

17巻146話 烏養繋心

 もちろん空間認識力とは岩泉のスパイク位置に限った話ではないのだろう。しかし、及川が一番長く、そして多くトスを上げてきた相手は岩泉であるはずだ。岩泉のいる位置は染み付いてきた空間認識力の中においても、一番染み付いているポイントになるだろう。おそらく手癖のように馴染んだ空間だからこそ、あの無茶の中であっても正確にトスが上げられたのではないかと思う。また、及川が初めての領域に一歩踏み出す事を一瞬の内に決心するに当たって、いつもの岩泉の位置ならば上げられると踏み切れたところもあるだろう。

 そして第二の理由は、及川は至極アバウトに岩泉の事を信頼しているという事だ。無論及川は岩泉以外の青城のチームメンバー全員に対しても信を置いてはいるだろう。しかし、それと同時に全員の能力を事細かに把握しており、及川自身もそう努めているのだと読める描写がある。

「これが金田一の〝本来の最高打点〟なんだからさ」

6巻53話 及川徹

「『効率よく・燃費よく・常に冷静』が国見ちゃんのウラの武器なんだからさ」

8巻67話 及川徹

「悪っ」
「ゴメンちょっと低かった!」

15巻130話 花巻貴大・及川徹

「味方の100%を引き出してこそのセッター」

8巻67話 及川徹

 それに比べ、岩泉の能力について及川の認識は比較的曖昧なものだと言える。

「おいちょっと低い」
「あれゴメン でも岩ちゃん大体打ってくれるじゃん」

6巻49話 岩泉一・及川徹

「さっき及川はブロックに捕まらないようトスをネットから離したんですね」
「岩泉はお気に召さなかったみたいだなあ」

15巻127話 溝口貞幸・入畑伸照

 阿吽の呼吸と評される割に、内情としてはむしろ他のチームメンバーよりも曖昧な部分が散見される。しかしそれは曖昧でも問題がないという事でもあるだろう。及川は自分がどうトスを上げたとしても「岩泉ならどうにかしてくれる」という漠然とした信頼を持っており、実際苦しい局面やここぞという一点についてはしばしば岩泉にトスが上がってきた。

「追い込まれたこの場面 及川さんは岩泉さんに上げる!!」

7巻60話 影山飛雄

 上記の影山の台詞はそれを端的に表しているが、他にもIHでは第2セット1度目の烏野セットポイントを岩泉がスパイクを決める事で阻止し、及川のサーブミスの際にはチームに走った動揺を岩泉が得点と一言とで収め、春高では第2セット烏野マッチポイントの阻止及びセットポイントの獲得を果たしている。
 岩泉がここぞという局面で決めているという事は、つまりその岩泉にトスを上げている及川がいるという事である。また岩泉もその信頼に応えてきたと言って良いだろう。

 この岩泉に対して持っているアバウトだが確固たる信頼が、あのトスには必要だったと私は考える。あのトスの局面は、烏野マッチポイント、自分が本当に無理な体勢から正確なロングトスが上げられるかもわからない、その無理なトスにスパイカーが応えられるかもわからない、そんな切羽詰まったものだった。その状況においては「どうにかしてくれる」という漠然とした信頼が、無茶を実行する及川の背を押したに違いないと思う。

 あのトスは「できるわけない」という及川の自意識の蓋をこじ開け、及川の才能を開花させたものだった。もちろん及川自らが踏み切ったものではあるが、その実行には岩泉という幼馴染みエースの存在が不可欠だったと思う。応えてくれるスパイカーがいなければ、上げたところでそこに誰もいない、ただの無茶なトスになる。試合も終わる。独りでその意識の壁を乗り越える事は容易ではないはずだ。

 だからあのトスは、天才たちにとって知らず開花していた才能を、天才でないものにとって独りで立ち向かうには強大な壁であった才能を、岩泉も手を貸して、2人がかりで開花させたものなのだと思う。

 及川の未来を2人がかりで切り開いたものなのだと思う。


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