及川徹と岩泉一に関する一考察

漫画『ハイキュー!!』の登場人物である青葉城西高校の及川徹と岩泉一に関して考えたことや思ったことをまとめておくブログです。

怒る岩泉

 岩泉が及川に対して怒る時、それは非常に自分本位な怒りであると思う。たとえば及川を立ち直らせてやろうなどという使命感は持っていない。岩泉は及川を案じて怒っているのではないとまで言ってしまっても良いのではないかと思う。彼はどこまでも単純に、自分の腹が立つから怒っているのである。

 たとえば、岩泉は作中で2度ほど金田一に対して助言をしている。

「焦んなよ金田一 点差が開いてるワケじゃない こっちの攻撃だってちゃんと決まってる 呑まれんな」

2巻13話 岩泉一

(…青城は崖っぷちだ…この試合を3年生最後の試合にするわけにはいかない…!)
「余計な事は考えなくていい」
「!」
「どんな時だろうと重要なのは目の前の一本だけだ」

16巻138話 岩泉一・金田一勇太郎

 これは金田一が置かれた状況や相手の勢いに呑まれそうである事を汲み取り、金田一のため、あるいはチームのために彼に助言をしているものと考えられる。
 あるいは、京谷に対して怒りを露にした事がある。

(コイツ!! 明らかに金田一の球だったのにぶんどった挙げ句アウトかよ!? しかも今のセットポイントだったんだぞ!!? 一体どっからツっ込めば―)
「危ねえだろうが!!!」
(岩泉!!)
「そうそうソレソレ!! まずそれね!!」

15巻132話 及川徹・岩泉一・花巻貴大

 これについても、京谷の周囲を顧みない無茶なプレーに対して叱っているのであり、及川や花巻のリアクションを見れば、チームの総意を代弁したと言っても差し支えないだろう。その後も「無駄に危ないプレーはすんじゃねーぞ」と冷静に念を押しており、単純に怒りの感情に身を任せたというような類いの反応ではなさそうである。
 これらの金田一や京谷への対応を見ると、岩泉は相手やチームの事を考えて意識的にふるまうという事もしているのである。

 その一方で及川に対して指摘する時というのは、前述の「相手のため」や「チームのため」といった大義名分は無く、自分の腹が立つ以上の理由は無いように見える。たとえば以下のシーンだ。

「ハァイ落ち着いて。焦ってこっちが崩れてやる必要は無いよ 一本取り返せば問題ない」
「! ハイ!」
「オス!」
「おい その顔とポーズハラ立つヤメロ」

7巻58話 及川徹・金田一勇太郎・渡親治・岩泉一

 このシーンは、及川は振る舞いはともかくとしてチームを冷静にさせるという行動を取ったわけである。そしてそれは実際に功を奏している。チームにとってプラスの事をしているはずだが、岩泉はほぼ関係ない部分で文句をつけただけだ。及川の行動の客観的な善し悪しを考慮している様子はない。
 他にも女子にかまける及川にボールをぶつけて連れ戻すなど、一見大義名分の元に問題行動を取り締まっているようにも見える事もある。しかしこれも岩泉に大義などという意識があったのかと考えると疑問が残る。

 問題児の行動を窘めると言えば、伊達工業の茂庭もしばしば青根や二口を窘めているが、これは彼の注意の仕方から見て、自分の腹が立つというよりは周囲の迷惑などを考えてという側面が大きい行動と捉えて良いと思う。

「ちょい ちょいちょい! やめっ やめなさいっ すみません! すみません!」

5巻38話 茂庭要

「あれ?  なんだよ~もっと心折れろよ~」
「性格悪い事言うな二口!」

5巻42話 二口堅治・茂庭要

 茂庭は周囲の迷惑を考えるあたりで常識的かつ、非常識に振り回される苦労人である側面もあると伺える。
 対する岩泉は周囲の目などではなく自分の基準で自分の腹が立つから及川に文句をつけているように見え、あまり及川に振り回される苦労人という印象は無い。女子にかまけている及川を連れ戻す件にしても、声をかける前からのいきなりの実力行使であり、この辺りからも岩泉は及川が問題のある行動を取っているから道義的に彼を窘めているのではなく、及川の問題のある行動が岩泉にとって腹が立つ事であるから、及川に文句をつけているだけのように見える。

 ところで、冒頭で金田一に対して助言する岩泉について取り上げたが、岩泉は及川に対しても見方によっては助言とも取れる言葉を掛けている。

「及川 お前 試合中にウシワカの顔チラついてんならブットバスからな」
(確かにさっきのサーブの前ちょっと過ったけども)
「目の前の相手さえ見えてない奴がその先にいる相手を倒せるもんかよ」

8巻67話 岩泉一・及川徹

 これは丁度、その金田一への助言と、内容的にも非常に近いものだと思う。先にいる牛島の事や、ピンチであるという状況など、目の前以外の余計な事に気をとられて、いつも通りにできない及川や金田一に、目の前の一本に集中しろと言っているわけだが、しかし似ているようで両者には隔たりがあると考えている。
 その隔たりとは、目的意識の有無だ。
 金田一には、動きが固くなっている後輩に対して、その原因がピンチという状況や、後輩だからこその気負いにある事を理解し、「金田一のため」にその緊張をほぐしてやろうと助言をしているのだと思う。岩泉は、この台詞の後の人心地がついたような金田一の返事に満足そうな笑みを浮かべている。いかにもその反応を待っていたかのような表情であり、それで良いと言わんばかりだ。これは金田一の気負いをほぐしてやるという目的を達成しているからこその反応であり、「金田一のため」という目的意識があるように見て取れる。
 一方の及川に対しての台詞だが、指摘を受けて笑い始める及川に、岩泉はその反応を予期していなかったかのような不審そうなそぶりを見せる。もちろん、笑い始める及川も突飛ではあるが、笑い始めていつも通りになると言えば北川第一時代の前例もあるにはあるので、及川を平常運転に戻すという目的意識を持ってこの台詞を投げ掛けたとすれば、もっと別の素振りになるのではないかと思う。例えばだが、ただでさえ及川の内面をよくよく読む岩泉なので、笑い出したあたりで平常運転に戻った事に気付いて「しょうがねえ奴」とでも言わんばかりの表情を見せたりするのではないだろうか。それを、まったく及川の反応を考えていなかったかのように、笑い始める及川に不審の目を向ける。「そうだね」と及川が同意した後にも、例えば金田一に対して見せたような満足そうなカットが入る事もない。これは実際、及川がどう受け止めて、どう反応するかなど考えていなかったという事だと思う。目的意識などなかったのだ。
つまりどういう事かといえば、それこそ「その顔とポーズハラ立つヤメロ」の時のように、岩泉はただただ及川に怒っていたのではないだろうか。肝心な局面で余計な事を考えていたらしい及川に腹が立っただけではないだろうか。おそらく及川を平常運転に戻してやろうなんて「及川のため」ではなく、自分本位な苛立ちを及川にぶつけていただけなのだ。

「すぐ殴るって言うのやめなよ 岩ちゃん」
「安心しろ おめーにしか言わねーし殴んねーよ!」

7巻60話 及川徹・岩泉一

 岩泉は及川に対しては目的意識を持たない。京谷を殴ったのには道義的理由もあっただろうが、及川を殴るに際して妥当性など考慮しない。理不尽であれ道理であれ、自分の腹が立ったら文句をつけ、殴る相手が及川なのである。

 これはメタな話になってくるが、岩泉はしばしば及川に対して正解を示すような、道を示すような台詞を突きつける。ともすれば岩泉の方が一歩先を進んでいるような、そんな存在になりかねない強い力を持つ言葉だと思う。しかし岩泉が及川の先を行くような、あるいは上位にいるような存在にならず、及川と同じレベルで自分をぶつけているように見えるのは、及川に突きつけた台詞は岩泉の中では助言でもなんでもなく、目的意識を持たない怒りだからなのだと思う。

 岩泉は怒る。
 それがどんなくだらない原因であれ、重大な原因であれ、及川に対しては至極単純に自分の腹が立つから怒る。そこには道理も大義名分もない。判断基準は全て岩泉の内にあるという自分本位なものだ。しかし、その事が及川と岩泉とを対等たらしめ、また岩泉の怒りの基準は自分の中にあるからこそ、世間から見れば性格が悪いがある意味真っ直ぐな、扱いづらい及川もそのままに受け入れられる。
 そういう岩泉だから、及川と対等な存在としてここまで上手くやってくる事ができたのではないだろうか。